【よぶこえ】第1581号「出会い」2016・8・13

「文藝春秋」九月特別号を読んでいて思いました。
人は人生に大きな出会いをするのだ・・・と。

《芥川賞受賞者インタビュー・村田沙耶香》で、
村田さんが二つの出会いを語っています。

一つが、
山田詠美との出会い。
彼女は、
小学生のころから小説を書いていたそうです。

  でも、
  高校受験で一旦中断したら、
  まったく書けなくなってしまいました。
  
  それには、
  山田詠美さんの作品に出会ったことが大きかったと思います。
  高校生になり、
  『風葬の教室』を読んだとき、
  あまりに文章の美しさに衝撃を受けたんです。
  それで私も、
  自分の美しい文体を手に入れて、
  純文学を書きたいと思った。
  
  同じ作品を一週間に三回も読むぐらい好きでした。
  でも当たり前ですけど、
  いきなり山田さんのような素晴らしい文章が書けるわけがありません。

こういう出会いがあったのを、
知ってか知らずか、
山田詠美が選評の末尾で、
「村田さん、本当におめでとう」
とエールを送っていることに、
何かしらの縁を感じました。  

 【よぶこえ】第1581号「出会い」2016・8・13




「再び小説が書けるようになったきっかけは?」
と問われて、
村田さんが、
芥川賞作家宮原昭夫を上げています。

そして、
「印象に残っている宮原先生の言葉はありますか?」
と問われて、
こんなふうに述べています。

    小説家は楽譜を書いていて、
    読者はその楽譜を演奏してくれる演奏家だ。
  という言葉です。

  読者は作家よりも上にいるものだと考えて、
  上に向かって書かなくてはいけない。
  決して読者を下に見てはいけない、と。
  そうでないと小説が下品になる。
  とても印象的で、
  大切にしている言葉です。

  宮原先生のお陰で、
  また小説が書けるようになり・・・(中略)・・・。


人生の不可思議と同時に、
人生の確かさをも感じました。


そして、
作家と読者の関係は、
教育においても成り立つのかな?
・・・と思いました。


教師が楽譜を書いて、
生徒が楽譜を演奏する。

小説も教育も、
下品になってはならない。

下品とか不誠実とかは、
人間の営みが最も忌み嫌うことです。
 

  

  

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