泉ゆたか『お江戸けもの医 毛玉堂』(講談社)を読み終えて、
今、手に入る彼の作品は全て読みました。

今でいう獣医の話ですが、
動物のことを書いているようで、
実は人間の物語でした。

ところどころ、
季節の風情がちりばめられて、
物語を彩(いろど)っています。
  軒から覗(のぞ)くのは、
  雲一つなく晴れ渡った青空だ。
  風に揺れる庭木の緑も、
  眩(まぶ)しいほど濃く見える。

  浅草寺の境内を囲う木々で、
  雀が朝の囀(さえず)りを交わしている。
  白い空に浮かぶ五重塔の脇に、
  そこだけ紅色の雲が見えた。

  今にも雨が降り出しそうな鼠色の空は、
  翌朝もどうにか持ちこたえていた。
  天気は陰鬱だったが、
  風は妙に生暖かい。
  凍るような寒さが和らぐ兆しにほっとする一方で、
  この分だと春の嵐が始まる気配が漂っていた。

  暦の上ではようやく春になったが、
  朝方はまだ寒さが残っている。
  美津は鋏を握るかじかんだ手に、
  はあっと息を吹きかけて温めた。

旬1