「図書」(岩波書店)の10月号
原田宗典「親父の枕元」を読みました。
    ホコリがすごいから、
    あんた、マスクして、
    ゴミ袋用意して、
    そうっと外さないとだめだわよ。

  「分かってる分かってる」
  おふくろは、分かっていることしか言わない。
  いつもそうだ。

  さすがに多少のホコリは散ったとみええ、
  立て続けにクシャミが出た。
    ほらぁ、マスクしてるの、あんた。
  台所から、おふくろが言う、
  おふくろは分かっていることしか言わない。

    あら、もう外れたの。
  やはりおふくろは分かっていることしか言わない。

父親の死後、
父親が使っていたベッドの枕元のカーテンを外したら、
壁に状差しが吊ってあることに気づきます。
大学に入学したばかりの「私の娘」、
つまり「親父の初孫」からの絵葉書が混じっていました。
  こんな内容だ。
    いつもお手紙をありがとう。
    おじいちゃんの手紙は、
    必要な時に必要なことが書いてあるので、
    とてもためになります。
そのあとに近況を知らせる文章が続きます。
    不安もあるけれど、
    友達を増やすチャンス! と思って頑張ります。
    楽しめるといいな♡
    ではまた。
  我が娘ながら、
  なかなかどうして良い文書だ、
  と私は感じた。

幼稚園児のような字で書かれた葉書がありました。
「叔母」つまり父親の妹からのものでした。
  叔母は晩年、脳血栓を患って、
  右半身がきかなくなってしまったのだった。
    長野に来てくださいね。
    では体に気をつけてね。
  文章はそこで終わっていて、
  三分の一くらいが空白のままである。
  その空白が、私をひどく切なくさせた。

  そして住所を書くはずの所には、
  〈ふるさと〉
  と平仮名四文字が記されていた。

どの話も、
しみじみとして、
夜の心を濡らしました。