【二人のことば】2021・11・19
2021年11月19日
原田マハ『星がひとつほしいとの祈り』(実業之友社文庫)
最初の短編は「椿姫」です。
デザイナーの「香澄」には不倫相手がいます。
子供を産んだら、
君は未婚の母になるんだよ。
それがどういうことかわかる?
彼には妻子がいた。
香澄と結婚することなど毛頭考えていない。
(中略)
ここぞとばかりに、彼は念を押した。
「わかるよね。おれの言ってること」
口をきゅっと閉じたまま、こくりとうなずいた。
ほっと空気が緩む。
彼はもう一度テーブルに身を乗り出して、
なおも甘い声音で続けた。
「母親になんかなるなよ。おれの可愛い女のままの君がいい」
母親は、女じゃない。そう聞こえた。
「で、いくら。いま払うよ」
彼は財布を取り出すとそう言った。
彼女が産婦人科で出会った女子高校生には、
交際している男子高校生がいます。
香澄はその男子高校生と再会して、
電車で隣に座ります。
「ひとつ聞いてもいいかな」
自分の声すら、遠くに聞こえる。
「あのとき、階段に座って・・・何を待ってたの」
ほんの少し戸惑う気配を、
半分眠りに落ちながら感じている。
「おれ・・・」
短い沈黙のあと、
少年の答えが鼓膜の奥に届いた。
「彼女が知らせてくれるのを待ってた。赤ん坊ができたって」
秘密を打ち明ける少年そのものの囁(ささや)き声がした。
「おれ、父親なるんです」