原田マハ『星がひとつほしいとの祈り』(実業之友社文庫)
旬1
最初の短編は「椿姫」です。
デザイナーの「香澄」には不倫相手がいます。
    子供を産んだら、
    君は未婚の母になるんだよ。
    それがどういうことかわかる?
  彼には妻子がいた。
  香澄と結婚することなど毛頭考えていない。
     (中略)
  ここぞとばかりに、彼は念を押した。
  「わかるよね。おれの言ってること」
  口をきゅっと閉じたまま、こくりとうなずいた。
  ほっと空気が緩む。
  彼はもう一度テーブルに身を乗り出して、
  なおも甘い声音で続けた。
  「母親になんかなるなよ。おれの可愛い女のままの君がいい」
  母親は、女じゃない。そう聞こえた。
  「で、いくら。いま払うよ」
  彼は財布を取り出すとそう言った。

彼女が産婦人科で出会った女子高校生には、
交際している男子高校生がいます。
香澄はその男子高校生と再会して、
電車で隣に座ります。
  「ひとつ聞いてもいいかな」
  自分の声すら、遠くに聞こえる。
  「あのとき、階段に座って・・・何を待ってたの」
  ほんの少し戸惑う気配を、
  半分眠りに落ちながら感じている。
  「おれ・・・」
  短い沈黙のあと、
  少年の答えが鼓膜の奥に届いた。
  「彼女が知らせてくれるのを待ってた。赤ん坊ができたって」
  秘密を打ち明ける少年そのものの囁(ささや)き声がした。
  「おれ、父親なるんです」