奈良の秋篠寺(あきしのでら)に、
伎芸天の立像があるそうです。
伊藤比呂美が、
『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』(朝日新聞出版)
の中に書いています。

旬1
  初めて会ったのは大学一年の夏です。
  とんでもなく遠い道を、
  てくてく歩いて、
  秋篠寺のこの像の前にたどり着きました。

  「うちのおかあさんに似てる」
  と友人が像を前にして言いました。
  たしかにそのとおり、
  ふくよかで落ち着いた中年の女に見えました。

  十代の終わりにめぐり合ったこの像が、
  わたしが女について考えるとき、
  いつも私の心の中にいて、
  「女とは」「女の肉体とは」「女が年を経ることとは」
  と考えを補強してくれました。

  美術や文学でやっていこうとさだめたばっかりの十代少女にとって、
  伎芸天はまさに同志でした。
  吉祥天や弁財天の司る福徳や家内安全や恋愛成就なんてどうでもよく、
  それよりも、
  技芸、芸術、技能、
  それを武器にして世を渡っていった天女に、
  自分の行く道をかさねたのだと思うのです。

花2