【死にべた】2021・12・18
2021年12月18日
昭和47年発行の本を、
古本屋さんから1000円で買って、
底冷えのする昨夜、
ときどきカーテンを開けて、
雪明りを見ながら読みました。
山本有三『無事』(ほるぷ出版)
山本有三が近衛家の墓参りに行った折、
住職と立ち話をします。
酒の話に及んだ時、
住職が大病してから酒は飲めなくなったと言い、
「どうも、わたしは、死にべたでしてねえ」と続けます。
初めて聞いた言葉だったので、
その意味を尋ねたかったが、
住職が、
「だが、あなたも死にべたですなあ」
と言ったものだから、
むっとしてそのままになっていたら、
ほどなく住職が亡くなってしまいます。
数年の後、
竜沢寺の宋淵老師に出会ったとき、
このことを思い出し、
「禅宗には『死にべた』ということばがありますか」
と訊くと、
そういう言葉は聞いたことがないという答え。
ならば「死にじょうず」はどうかと尋ねると、
そういう言葉も聞いたことがないと言います。
85歳になって、
いよいよ「死にべた」を重ねているなあと思います。
そんな話が「あとがきにかえて」の中にありました。
「死にべた」と言われてもいいから、
「生きじょうず」と言われなくてもいいから、
今少し生きていたいと思います。