【琴線に触れた言葉】2022・1・24
2022年01月24日
昨日の朝日新聞「折々のことば」から。
誰も「出生の偶然」によって、
権利を奪われてはならないとするのが民主主義だとすれば、
誰も「死の偶然」によって、
権利を奪われないとするのが伝統である。(鷲田清一)
人はどんな生まれ方をしようが、
生と命の尊厳を守られなければならいし、
人はどんな死に方をしようが、
後世に文化を手渡すことができる。
・・・ということかな?
新潮社「波」1月号の書評から。
「人は死ぬと風景になる」。
学生の頃、
ある文化人類学者の著作を読んでいて、
こんな一文に出くわしたことがある。
(中略)
人はこの世におサラバしても、
残された者たちの“心象風景”の中で生き続ける。(川尻亮一)
(江國香織『ひとりでカラカサさしてゆく』の書評)
生きることと死ぬことは、
ひとりでカラカサをさしていくことなのだと、
そして、
それは彼らのことだけでなくて、
遺された者たちも、
むろん、
わたしもそうなのだと噛みしめずにはいられない。(大島真寿美)
(江國香織『ひとりでカラカサさしてゆく』の書評)