【位置づけ】2022・3・6
2022年03月06日
これまた、
またまた「ちくま」3月号
河合香織「母は死ねない」(20)“その花は散らない”
「子どもを産むことはチベットの寺院に行くことのようだ」
と水南子は言う。
救いや希望を求めて寺院に行ったところで、
何かが変わるものではないのと同じことだ。
最近、
こうした言い回しが気になります。
心の中での位置づけが分からないからです。
好ましいものかそうでないのか?
心になじむのかなじまないのか?
このごろ、
頭の中での位置づけは、
案外はっきりしています。
衝撃的な出来事に出逢ったた時は、
考えてはならない。
感じるのだ。
考えていたら置いて行かれる・・・からです。