【記憶】2022・11・2
2022年11月02日
昨日の一日一冊は、
小川洋子『掌に眠る舞台』(集英社)
8編の短編のうち、
7編目「いけにえを運ぶ犬」の「僕」は、
時折やってくる「馬車の本屋」の本棚から、
欲しくてならなかった本「渡り鳥の秘密」を、
こっそりシャツの下に隠して持ち帰ろうとします。
抜粋して引用します。
僕は右の脇に「渡り鳥の秘密」を挟み、
左手のシャツの裾をつかんだ。
その時ふと、
視界の隅に“デカイ犬”の姿が写った。
この「馬車の本屋」の馬車を引いているのは、
馬ではなく大きな犬です。
たるんだまぶたの奥にある瞳は、
真っすぐに僕を射抜いていた。
とっさに僕はシャツから手を放し、
『渡り鳥の秘密』を、
本来あるべき場所に戻した。
僕は一刻も早く犬の瞳から離れるため、
走って家まで帰った。
以来、
「馬車の本屋」が来ても、
僕は二度と『渡り鳥の秘密」には触れなかった。
手を近づけるだけで、
犬の視線が突き刺さってくるような気がした。
おそらく、
これに似た過去は誰にあるような気がします。
現に子どもの頃の私にもあります。
忘れたように思っていても、
ふとした折に、
何かのきっかけで、
まるで結節に潜むウイルスが、
時を経て帯状疱疹を引き起こすように、
痛みを伴って蘇ってきます。
忘れたい記憶ほど、
薄れることはあっても、
消え去ることはないのです。