昨日の一日一冊は、
大江健三郎『新年の挨拶』(岩波書店)
旬1  
病室に兄さんを見舞ったときのことが書かれています。
大江健三郎が兄の歌にある「みどり児」という言葉が、
「耳なれない」と言ったことに対して、
お兄さんが言います。
  きみはベビイ・ベッドに寝ているか、
  母親に抱かれている赤ちゃんを思うといったね・・・
  しかしそのままにしておくよ・・・
  きみの耳なれない、
  という気持はわかるが・・・
  辞書を見てくれれば・・・
そう言われて、
病室にあった「広辞苑」を声に出して読みます。
  ・・・そうだね、
  三歳くらいまでの嬰児をいうことだから、
  僕の感じ方よりいくらか後までみどり児なんだね。
  僕の間違いでした、
  というと兄はもうそれ以上は追及することをしなかった。

その歌は大晦日の朝日新聞「折々のうた」に取り上げられた歌でした。
  手の届くかぎりの障子破り終へてみどり児が新年の風に臨(のぞ)めり

幼い子が、
背伸びして精一杯手を伸ばし、
手の届く限りの障子を破ったその穴から、
新年の爽やかな風が吹きこんできた・・・
ああ、なんともなんともいい歌だなあと思います。