今日も『大地』から。

卯の花

死期が近づいた「王竜(オウワン)」には心残りがあります。
知的な遅れのある娘のことです。
彼は「梨華(リホウ)」を呼んで言います。

わしが死んだあと、
あの娘をたのめるのは、
おまえだけだ。
わしがいなくなったら、
食事の世話をしてくれるものもいねえし、
雨の日や寒い冬の日には家に入れ、
あたたかい日には日向に出してくれるものもいねえだ。
おそらくは往来へ追い出されて、
方方ほっつき歩くことなるだろう。
あの子が安全になれる道は、
この包みのなかにあるだ。
わしが死んだら、
これを飯にまぜて、
あの子に食べさせてくれ。
そうすれば、
あの子も、
わしのあとについてこられるだ。
わしも安心というものじゃ。
(「小春日和」より)

これを聞いた「梨華」が云います。
いいえ、旦那さま、
わたしはあの娘さんを、
自分の娘としてめんどうをみます。
あなたは、
わたしに親切にしてくだすったのですもの。
・・・生まれてはじめて、
だれよりも親切にしてくだすったのですもの。
(「小春日和」より)

「梨華」は、
「王竜」の「第二婦人」でもなく、
「王竜」の子どもたちでもなく、
「王竜」が金で買ってきた「奴隷」です。

人間の真実の何たるかを、
心にしみて思いました。