よぶこえの引き出し

【よぶこえ】第2338号「恩師」 2018・11・14(水)

2018年11月15日

恩師の訃報が、
先週の新聞に載っていたそうです。

気付かなくて、
その記事を、
今日になって読みました。

87歳だったそうです。

先生の著作を、
探し出して、
久しぶりに手にしました。

日当たりにいい窓際で、
『近松の世界』(平凡社)を、
お顔を思い浮かべながら、
そおっと読みました。

 【よぶこえ】第2338号「恩師」 2018・11・14(水)



近松門左衛門作『心中重井筒』を、
丁寧に丹念に読み進める中で、
近松が、、
人形の配置や動きを頭に置いて、
いかに細やかに浄瑠璃太夫に語らせているかを、
発見したときの喜びを、
こんなふうに書いていらっしゃいます。

  詞章どおりに、
  かなり細かく演じられ、
  端役(はやく)に至るまで、
  リアルに演技する、
  また、
  そのように近松は作文しているということが、
  判ってきたのですから。

  これは、
  私にとっては、
  大きい収穫であり、
  喜びであったのです。


どこまでも、
学者であったのだ・・・と思いました。

とことん研究者であったのです。



恩師のことを、
『呼ぶ声』(近代文藝社)に書いていました。

    【夢のまた夢】
  私が大学院の試験に失敗した時
  そのころ助教授だった信多先生に誘われて
  二人で飲みに出た。

  石橋から十三
  十三から梅田
  何軒もはしごして
  そのどの店にも
  先生のキープのボトルには
  「夢のまた夢」
  と書かれてあって
  それがひどく心に残った。

  先生にも
  「夢のまた夢」
  として飲まずにはおれない
  日々のやるせないむなしさと
  そして
  はかないあこがれがあるのかと思って
  心がにじんだ

  大学院には失敗したけれど
  この先生について来てよかった・・・と
  そのとき思った。

  大学院の入試に失敗した一学生のために
  心をくだいてくださった信多先生の、
  想いの温もりが心にしみた。


私が、
研究を半ば諦め、
島根に帰ると決めて、
お礼とお別れを申しあげた時、
先生がおしゃいました。

  研究は、
  その意志があれば、
  場所は、
  どこであってもできる。
  要は、
  意志と努力だ。


島根に帰って、
高校の教員をしながら、
しばらくは、
島根の寺社縁起など、
調べて歩きもしたが、
そのうち、
文献よりも、
生身の高校生の方が面白くなってしまった。


先生が亡くなられて、
私の中で、
一つの時代が終わったのを感じました。

心の中の、
一つの窓が閉じられたのを感じました。

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