【マカン・マラン】2019・5・30
2019年05月30日
《マカン・マラン》
古内一絵の「マカン・マラン」シリーズ、
四月に一冊目を読み始めて、
ついに四冊目に入りました。
いい話です。
いろんな事情を抱えて生きづらい老若男女が、
夜食カフェ「マカン・マラン」に行きついて、
食べたり飲んだり話したり聞いてもらったりして、
心癒され、
・・・いい話です。
でも、
さすがに四冊目になると、
「マカン・マラン」に行きつくまでの話が辛くなります。
行きつく先に、
救いと再起があると分かっているから読めます。
昨夜の四冊目、
『さよならの夜食カフェ~マカン・マランおしまい~』(中央公論社)、
第一話は女子高校生が主人公でした。
彼女は、
こういう陰口の中で生きています。
相変わらず、遅いね。希実。
せっかく仲間に入れてあげてるのにねー。
あの子、私たちがいなかったら、完全に“ぼっち”じゃん。
未だに自分が“アウェイ”なこと、わかってないのがすごいよね。
分かるわけないよ。あの子、すごい鈍感だもの。
大体さー、北口に住んでいるような人が、無理してうちらの学校にこなくてもいいのに。
父子家庭が大変なのは分かるけど、なにかというと、
不幸語りして話題の中心に収まろうとするのやめてほしい。
それ、分かる。最初は可哀想と思って優しくしてたけど、
二年目になると、さすがにうざったくなってきたわ。
早く「マカン・マラン」に行きついて、
シャールの大きな心で抱かれて欲しいと思います。
最後には、
いっぱい泣いて、癒されて、
明日を生きる勇気をもらうことが分かっているから、
辛い場面も読み進めることができます。
でも、
これは虚構の世界。
現実の世界の方が、
最近、
もっともっともっと痛ましい。
行きつく「マカン・マラン」の無い事件や事故が次々と起こる。
深夜に本を閉じ、
そして、
心が閉ざされる。