よぶこえの引き出し

【矜持】2020・2・11

2020年02月11日

《矜持》
「広辞苑」第七版を開く。
  きょうじ【矜持】自分の能力を信じていだく誇り。自負。プライド。

あさのあつこ『待ってる 橘屋草子』(講談社)
今朝、
読み終え、
「矜持」の言葉が心に刺さりました。

【矜持】2020・2・11



  留吉が寝込めば、
  昔の伝手(つて)を頼って一膳飯屋に働きに出たし、
  夜なべの内職もした。
  自分の境遇を嘆くことも、
  亭主の甲斐性を責めることもしない。
  ただ働き、
  飯を炊き、
  子を育て、
  生きていた。
お千佳の矜持。

  不安定な生活の中で、
  誰かに寄りかかる味を覚えてしまったら、
  人は堕落する。
  這い上がるのは至難でも、
  堕ちるのはあっという間なのだ。
これもお千佳の矜持。

 
  ここは寺子屋じゃない。
  手取り足取り教えてくれる者なんていないよ。
  自分で覚えていくんだ。
  自分の才覚と心根でね。
お多代の矜持。

 
  自分の運を他人(ひと)さまのせいにしちまったら、
  おしまいだよ。
これもお多代の矜持。


  おみつのように、
  陰ひなたなく働けるってのも、
  才の内だよ。
お多代の言葉だけれど、
そんなふうに生きているおみつの矜持なのかもしれない。


  野垂れ死んだって、
  手にしちゃならねえ金があるんだ。
  何で、そのくれえのことがわからねぇんだ。
林蔵の矜持。 


  おっかさん、
  あたしたち生きてんだよ。
  生きていかなきゃなんないんだよ。
  勝吉にだって、
  おまんま食べさせなきゃいけないんだよ。
  おっかさん。
おそのの矜持。


  他人を哀れむことも、
  昔を懐かしがることもまだ早いよ。
  お多代にそう言われそうな気がする。
これもおそのの矜持。


三太は幼いころ、
馬車に轢(ひ)かれて足の骨を折ります。
それからは、
走ることも、
跳ぶことも、
踏ん張ることも、
あきらめなけれなならなくなります。

そんな三太が、
十歳になって、
橘屋の下働きをするようになります。

体が思うように動かず、
つまずいたり、
ころがったり、
起き上がろうとして、
焦ってしまって、
無様な姿をさらしたりして、
無遠慮に笑われます。
  「何がおかしいんだい!」
  女の声が激しくなる。
  耳にぐさりと突き刺さってくる一喝(いっかつ)だ。
  笑い声が止む。
  「いい大人が子どもを見て笑うなんて、みっともない真似をするんじゃないよ」
お多代の矜持です。


  頼むぞ、頼んだぞ、
  で男は済ましちまう。
  だけど、
  女はそうはいかないだろう。
  お多代に言われたことがある。
  何時(いつ)だったか・・・、
  お多代が倒れる三日ほど前だったろうか・・・。
  済ましちまうわけにはいかないなら、
  背負うしかないんだよ。
  女はね、
  赤ん坊を背負うように、
  覚悟を背中にくくりつけて生きてんのさ。
  ほんのりと微笑みながら、
  お多代は言った。
お多代の矜持が光ります。


  こうするしかないと思い定めたなら、
  その思いに従う。
  お多代から教わった諸々の内の一つだ。
お多代の矜持は、
おふくの矜持にもなっていきます。


  お多代が目を伏せる。
  「・・・あたしは、たぶん、この冬は越せない」
聞いたおふくが、
「そんなこと言わないでください。お多代さん」
と言うと思ったら、
そうではありませんでした。
  看取らせていただきます。
  お多代さんは、
  あたしが看取らせていただきます。
おふくの矜持です。


《昨日》 

【矜持】2020・2・11



《今朝》
濃い霧が晴れたら、
真っ青に晴れました。

【矜持】2020・2・11
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