よぶこえの引き出し

【涙声】2020・5・25

2020年05月25日

《涙声(なみだごえ)》
今朝、
寝床の中で読んだ本のことを、
朝食のとき、
妻に話していたら、
思いがけず涙声になっていました。

洲之内 徹『さらば気まぐれ美術館』(新潮社)

 【涙声】2020・5・25



今朝の箇所は、
「幸福を描いた絵」という話。

昭和60年8月の、
日航機墜落事故の話。

  副操縦士の遺体が確認され、
  アナウンサーかレポーターかが、
  その副操縦士の奥さんの前にマイクを差し出して、
  談話を取る場面があったらしい。

そういうとき、
よくやる手法は、
聞かれる方は、
コメントどころではないので、
聞き手が前もって筋書きを作っておいて、
  ああでしょうね、
  こうでしょうね、
  という具合に一方的に喋(しゃべ)り、
  訊かれる方は、
  ただ頷(うなず)くとか、
  頷きながら、
  ええとか、
  いいえとか言って、
  結局は訊く方で答を作ってしまうが、
でも、
この副操縦士の奥さんは違っていたそうです。

  主人は、
  何とかして、
  乗客の皆さんを助けようと、
  機体の立て直しに懸命で、
  家族のことなど頭になかったと思います。

  それでも、
  最後の一瞬に、
  わたくしや子供のことを思い出してくれたでしょうか、
  というふうに答えて来た奥さんが、
  「いま、ご主人に何を言ってお声を掛けてあげたいですか」
  という、
  これまた、
  そういう場面でのきまり文句のアナウンサーの問いに、
  「尾翼がこわれていますよ、と言ってあげたい」
  と答えたというのである。


  日航機123便の墜落は、
  突然の尾翼喪失が原因だったということを、
  いまでは、
  われわれはみんなが知っている。
しかし、
  尾翼喪失という考えられない事態の発生に、
  操縦士たちは最後まで気が付いていなかったらしい。

  人からの又聞きだったが、
  副操縦士の奥さんのその言葉に、
  私は感動した。

  そして、
  愛情とはこういうことだと思った。

古今東西、
愛とか愛情について書かれた本は、
何百冊もあるだろうけど、
  所詮、
  副操縦士夫人の、
  この一言以上のことを言ってはいないのではあるまいか。
 
  愛とは、
  何もそんな面倒な、
  勿体ぶったものじゃない。
  単純で、
  はっきりしたものなのだ。 
 
 今、
こうして書き写していても、
頭の中は涙声です。

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