よぶこえの引き出し

【育てるということ】2020・6・10

2020年06月10日

《育てるということ》
最近、
妻が庭の片隅に、
「ハーブ園」を作りました。

今朝見ると、
カモミールが弱っています。
ラベンダーも勢いを無くしつつあります。

【育てるということ】2020・6・10



私の「菜園」はどうか?
そうめんかぼちゃとトマトは、
すこぶる元気で、
葉を広げ伸び放題です。
でも、
なすびやピーマンは、
それほどでもありません。
おそらく育たないだろうなと思われるオクラもあります。


顔がほころんだかと思うと、
心が折れたり、
それでも期待したり、
あきらめそうになったり・・・。

【育てるということ】2020・6・10



なんであれ、
生き物を育てるということは、
ういらか・・・だなあと、
育ててみて思います。

素朴で際限がないなあ~と、
手をかけて思います。

デジャビューのような繰り返しだなって、
思わずため息をついたときに思います。 

うつくし
いたし
らうたし
かなし

見ているだけで
その存在がかわいい

その子のことを思うと
心が痛い

この子のためなら
どんなことでもしてやりたい

なんでもしてやりたいのに
できないことが多すぎる



子どもといっしょに歩くこと
生きること
いつでも側についていて
見守り世話をやくという
素朴な
しかし際限のない仕事なんだな(林 竹二)


例えば
子どもを育てるということ
それは単なるくりかえしで時間が過ぎていくということだ
乳を飲ませ
おしめを替え
お風呂に入れ
寝かしつけて
また乳をやり
おしめを替え
毎日がデジャビュのように過ぎていく
それは無為なことなのか?
絶対に違う
親が費やしたその時間が
あったからこそ
私たちは今こうしてここにいることができている
いかなる人も
その過程を経ずには
決して大人にはなれない(吉本ばなな)

【育てるということ】2020・6・10
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